あの昭和医科大学の岩波でございます。 あの、実は、昭和医科大学というのは、あの、え、元々昭和大学と言っていたんですが、あの、今年の、え、4月から校名が変更になりまして、え、50年ぐらい前は医科大学と言っていたらしいんですけど、あの、今の理事長先生のご意向で、え、もう1回医科大学に戻そうということで、え、名前を変わりましたので、あの、ちょっとお断りさせていただきます。あの、このような機会を設けていただきました、あの、え、世田谷区の方々、げんきの方々、あの、にお礼を申し上げます。 あの、私自身は、え、あの、皆さんもご存知かと思いますが、あの、え、烏山にあります、烏山病院で、え、主に診療をしてまいりました。あの、ま、現在、えっと、病院院長はあの退いているんですが、あの、え、臨床はある程度継続しております。あの、本日は、え、発達障害についてもう1度、え、基本的なところから、あの、振り返ってみようということで、あの、スライドを作成してまいりました。あの、烏山病院は、あの、基本的には、あの、成人の病院なので、え、ですね、ま、一部中高生あたりのケースも含まれていますが、大体が大人の事例になっていることを、あの、え、ご了承いただければと思います。  えっと、これが本日の流れになります。ま、最初の、え、セクションでは、え、発達障害についてもう1度基本的なところをお話しいたします。それで、あの、ま、後でも出てきますが、ま、あの、私どもも、あるいは皆さんも、ま、発達障害っていう用語をですね、割と、え、頻繁に使っているわけなんですが、ま、どうもこれがちょっと誤解の元かなっていうのはいつも思っているところで、え、なぜかと言いますと、その、うん、発達障害っていうのは、ま、あたかも病名のように使われてしまうと、え、何でしょうかね。ま、発達障害っていうのはご存知のように、ま、総称なんですよね。いろんな疾患があるものを含めた、え、全体を発達障害と言っているわけですが、ま、今の診断基準ではこれに神経がついて、え、Neuro developmental disorders、神経発達障害となるようですけども、ま、ともかくひとつのものではない。ただ、あの、え、そうですね、え、テレビの特集だとか、あるいは、えっと、ま、雑誌とかそういったものの特集でも出てくることはどーんと発達障害が出てしまうと、ま、そこはちょっと誤解があるようなので後でご説明できればと思います。  で、あの、いずれにしろ発達障害の中で中心的な疾患は、え、ローマ数字のU(2)にあります。ASDとADHD。この2つなわけなんですけども、ま、この辺りもですね、ちょっと分かりづらいとこあって、え、ま、実は医療関係者でも分かってない人もいるんですけど、ま、1つは名前がときどき変わるわけですよね。それからうん、診断基準の基本的な枠組、結構大幅なこうなんでしょうかね。え、変更みたいのがあるというところでどうも混乱の元になっているというようなことを、え、1と2でご説明できればと思います。えっと、3と4については、ま、ASDとADHDについてもう少し症例を、え、ご紹介しながら説明したいと思います。 最後のセクションは、あの、え、時間があればと思うんですが、ま、かつてですね、ええ、ASD、ま、当時はアスペルガー症候群というのが随分あのよく話題になった時期ありましたけど、え、アスペルガー症候群は、え、天才的な人がいるんだみたいなことが、え、時々言われたりして、ちょっと我々も困惑したんですけども、ま、随分古い時代になるんですが、え、ダウン症の、え、発見者のダウン先生、後でスライドで出てくると思いますが、その人がね、サヴァン症候群という、え、なんでしょうかね、これは、ま、症候群でしょうか。ま、一種の病名ですね。それを提唱したんですね。ダウンさんという人は、あのイギリスの方でうん、ま、いわゆる知的障害の施設の、え、管理責任者みたいなことを長くされていたようなんですけど、ま、そこで非常に多くの発見をしていて、え、知的障害があるのにものすごく良い記憶を持っているお子さんがいると。えっと、例えばローマ帝国衰亡史っていう日本語ですと、文庫本10何冊ぐらいの本があるんですが、それを全て一言一句覚えているみたいなケースを、え、ダウン先生は見つけまして、そういうこう、え、知的障害がありつつ特異な能力のあるケースをサヴァン症候群と、え、命名したんですが、ま、それがあ、現代でも話題になりまして、ま、確かにそういうケースは、あ、いらっしゃるんですけども、あの、特別、特定のことに対してものすごく能力があると。  で当時はですね、え、ま、今もそうかもしれませんけど割とASDに注目が集まっていて、え、あ、ASDっていうのは自閉症スペクトラム障害、自閉スペクトラム症で、これは元々ですね、あの以前の診断基準ではPDDといったですね、広汎性発達障害、え、その中に従来の自閉症あるいはアスペルガー症候群が含まれたわけなんですけど、ま、そこの名前が変わった由来はまたこの後お話ししますけれども、え、何でしょうかね、日本の、え、精神科の先生方、特に児童、思春期を見ている方、先生方は、あの、主にこう診療されているのがASDであることが多いわけですよね。ま、そういったバイアスもありまして、ええ、ASD、特にアスペルガー症候群の中に非常にこう能力の高い方がいると、ま、それはそれで間違いではないんですが、実はですね、あの、もうちょっと調べてみるとうん、これまでいわゆるこう天才と言われたような方、あるいは、ま、現代に生きている起業家ですね、新しく事業を起こしているような方、こういった方は、あの実はASDではなくてADHDの特性を持っている方が実に多いと。え、いわゆるクリエイティビティ、創造性ですね、芸術家タイプの方も、え、あの、ADHDの特性を持っているんじゃないかなという方が多い。えっと今回のスライドには日本の、日本人で言いますと、あの葛飾北斎がそうじゃないかってことをあの載せているんですが、ま、海外ですと例えばモーツァルトとか、え、ま、芸術家というよりは発明家ですけど、エジソンとかそういった方、あ、方はそうですね、あの生活のあり方を見てみますとかなりADHDに近いものがあると、ま、その辺をあの発達障害と創造性という、え、項目で少しご説明したいと思っております。  えっとですね、これがあの烏山病院の紹介なんですけど、あの、ま、いわゆる単科の精神科の病院で、え、歴史をたどりますと、あの、えっと、現在99年目ということで、来年創立100周年らしいんですが、実はあの、本体の昭和大学よりも古いらしいですね。え、第1次大戦後に当時の、え、所有者が大学に寄付をしたということが、え、知られています。それで、あの、ま、通常の精神科病院なので、いわゆる急性期の医療とか認知症の病棟はございますが、え、2008年に私の前任者の先生が発達障害の専門外来、それから発達障害に対するデイケアというのを開設されました。発達障害というと、当時の、え、流れではアスペルガー症候群、今でいうASDですね。ほぼそれしか視野に入ってなかったんですね。  ただ実際ですね、え、この次のスライドかな、えっと、ですね、診療しておりますと、あの、ま、自称、自分はアスペルガーだっていう人、あるいは他院で、ま、アスペルガーじゃないか、あるいはASDではないかという風にご紹介していただく方は多々あるんですが、よくよく聞いてみますと、あの、ADHDだったっていうことは結構多いですね。で、ま、これある意味当たり前で、あの、後でお話ししますけども、え、有病率、どれくらいの人が、え、罹患しているかという数値なんですが、ADHDってはるかに高いんですね。ただ、ま、ADHDのことを疾患と言っていいのかどうかはちょっと微妙なとこはあるんですが、ま、ADHDの診断がつく方、え、ま、これもいろんなデータがあるんですけど、あの、成人ですと、おそらく4、5%、え、人口の4、5%ですから日本で言うと400万人、500万人と非常にこう高い数字が出てきます。一方でASDはどうか、ま、これもいろんな数値があるんですけど、ま、世界的に言うと、ま、せいぜい、1%あるいはそれより少ないと、え、いうことが言われていて、ま、圧倒的なADHDが多いわけですね。ただ、あの、日本ではですね、これはある調査によるんですけど、ASDっていう診断が非常に多いと諸外国に比べて、え、要するにこう診断にバイアスがかかっているということが、あの、指摘されております。え、というようなこともございまして、ま、当初からあの少し、え、方向を変えまして、あのASDの診療だけではなくて、え、2013年かな、からADHDの専門外来、あるいはあのADHDに対するグループワーク、これは後でご紹介しますが、を開設したという流れになっております。  えっと、ちょっとイントロが長かったんですが、それでは最初の項目、え、発達障害とは何か、というところから、ま、進めていきたいと思います。えっと、先ほど申し上げましたようにですね、発達障害っていうのは単一ではないと、え、全体の総称であると。ただ、ま、ちょっと複雑にしているのはですね、え、海外ではそうでもないんですけど、日本ですと発達障害とはASD、従来の広汎性発達障害、あるいはアスペルガー症候群とほぼイコールじゃないかという、ような、なんでしょうかね。暗黙の、え、了解みたいなものが、え、医学会でもそれ以外でもなんとなくあるような、え、私自身は「もうそうではないよ」ってことをいつも言っているんですけど、なかなかあの流れは変わらない感じでありますが、ま、いずれにしろ、あのスライドにお示ししますように、ま、これはDSM-5という米国の診断基準から、え、取ってきたものですけど、ま、これ以外にも、あの、え、他の疾患を含める場合もありますが、え、ま、生来の何らかの脳機能の偏りによって特徴的な、え、精神症状、行動上の問題が出るような一群を、え、発達障害と呼んでいると。ですから発達障害っていっても実は多様で、ま、オーバーラップもございますけれども、え、発達障害は診断名ではないということと、ええ、発達障害イコールASDではない、というところは、ぜひ、ご理解いただければと思います。  えっと、もう少し言うとなんですが、それでですね、当初、発達障害っていうのは子どもの疾患で、ま、せいぜいが思春期までで、え、その後良くなるんですよ、みたいなことも言われた時期もあったわけですね。だけれども、ま、それは結局のところ誤りでして、え、やはり症状が成人期以降も持続するケースが非常に多いと、ま、そういうところで精神科の臨床においても、え、一般社会においても注目を集めているというのが現状だと思います。え、ま、次の表については先ほどご説明しましたように発達障害っていうのは総称であると。それでですね、ちょっと厄介なのがこのASDとADHDの関係なんですけど、えっとASDっていうのは従来の自閉症とアスペルガー症候群とを含めたものと考えていただければいいと思うんですが、しばらく前、しばらく前といっても、ま、せいぜい、え、そうですね、10年ぐらい前まではあの全然これは別物と考えられていたんですね。「ASDとADHDは重なりがないもの、似ているけど違うんだ。え、同時に診断してはいけない」みたいなことが診断基準に明記されていたんですね。ところがですね、え、それが全く変わってしまいまして、え、「両方の併存もある」と、え、むしろそういうケースが結構多いんじゃないかとみたいなことが10年ぐらい前から言われるようになりまして、え、なかなかちょっと現場は混乱しているというところがございます。え、ま、ここで覚えて、覚えておいていただきたいのは発達障害の中心的な疾患はASDとADHD。え、その両者の関係はなかなか複雑であると、ま、この後、症状についてもご説明しますけれども、ま、もうちょっと付け加えますと、その、え、いわゆる学習障害も発達障害の中に入りますし、ま、広い意味では知的障害も入ります。ただ、あの、成人期の場合はですね、え、もちろんゼロではないんですけど、学習障害とか知的障害を主訴に受診される方は、あの、比較的少数っていうのは現状です。  えっと、ま、発達障害について、ま、色々な、え、何でしょうかね、話題が提供されていますけど、ま、ちょっと最近その中からいくつかピックアップしたんですが、え、まずNeurodiversity(ニューロダイバーシティ)ですね、神経多様性と訳すらしいんですけど、ま、これ言葉聞いたことある方もいらっしゃるかもしれません。ええ、実はですね、これはあのニューロダイバシティは、あの、日本の行政、経済産業省が、なぜか推し進めておりまして、え、ま、内容としては、脳や神経、え、それに由来する個人レベルの様々な特性の違いを多様性と捉えて、ま、障害と捉えずに多様性と捉えると、ま、それを活かしていこうということで、ちょっとどういう意図なのかはかりかねているんですけど、あの、ええ、経産省が中心になって野村総研とか、え、日本経済新聞あたりが一緒になって、え、こういう検討をされていて、ま、ひとつは多分、障害者雇用の促進なのかなと思うんですけど、ま、そういったことがひとつ言われていると。  ま、それからですね、え、著名人の人で、ま、完全にこう開示しているわけでもないんですけど、あの、明らかに発達障害の特性をお持ちの方というのが注目されていると。ま、ひとりはですね、え、皆さんもよくご存じだと思いますが、え、イーロン・マスクですね。ま、イーロン・マスクさんは、あの、本来は実業家だったんですけど、ま、去年ぐらいからは、ま、トランプ大統領との関係でよく報道されていますが、彼はですね、自分のことは本人はテレビ番組でアスペルガー症候群、ま、ASDだと、え、言っているんですけど、ま、これは別に診断されたわけじゃなくて、本人がそう思っているということなんですけど、ちょっと調べてみると非常にですね、ADHDの特性をお持ちの方なんですね。あの、ADHDの特性を持つ方はこう、ま、猪突猛進というのかな、え、興味のあるものに対してはとことんこう、え、頑張ってあの、極めるみたいなところがあるんですけど、このマスクさんの働き方もそんな感じのところがあったり、あとは変にこうイタズラ好きっていうんですかね、変なことするんですよね。マスクさんもあのTwitterとかにおかしな投稿して、え、自分の会社が潰れます、みたいなことを投稿したりしたこともあったらしいんですけど、あのなかなか興味深い方だと思います。  もうひとりはですね、ここにあげたのは、え、台湾のオードリー・タンさんですね。え、コロナの時に随分あの、え、有名になりましたけども、タンさんはですね、どうもASDのようですね、あのエピソードを知っている方も多いと思いますが、え、小児期になかなか学校に適応できず何度も何度も転校していじめもあって非常に辛い思いをされてきたと。ま、そのかわり非常に数学的な能力があって、ま、まさに天才ですよね。え、ま、事業家として成功して、ま、その後、台湾政府にもあの協力しているようですけど、ま、彼の特性がかなりあのASDに近いものがございます。ま、それからですね、あの、メディアの中で、ま、いろんなドラマとか、え、そうですね、あの、フィクションの中で、ま、そこにあげているアストリッドとラファエルとは、ま、NHKの、え、ドラマなんですけど、ま、そういったものが、ま、数多く見られるようになっております。  一方ですね、臨床面では、あ、あの、最近話題になっていますのが、ギャンブル依存症ですね。え、ギャンブル依存症は、あの去年ぐらいですかね、大谷選手のマネージャーの事件でかなり有名なりましたけども、実はですね、ギャンブル依存症の元を辿るとかなりの人がADHDなんですね。ま、これはどうしてかというと、ギャンブル依存症だけではなくて、いろんな依存症になりやすい特性をADHDの人が持っている。え、ADHDの症状に衝動性というのがあるんですが、ま、衝動性のコントロールができない、え、そのためにどんどん依存してしまう。うん。そうですね。昔からあるアルコール、薬物もそうなんですけど、割と外来でよく見かけますのは、いわゆる金銭管理の問題ですね。え、ま、それを高じると 買い物依存になってしまうんですけど、ま、次々とその、あ、買いたいものを、ま、ネットなんかで購入し続けて、ま、限度を超えてしまうっていったケースがあの多数になっています。えっと、最後の項目は、トランスジェンダーですね。性別違和の問題なんですけど、これは実は昔からあるテーマなんですが、あの、ADHDよりはASDが中心なんですけど、え、いわゆるこう性同一性障害ですね。今はなんか障害という言葉を使うなということで性別違和と言うらしいんですが、あの方が、え、ASDの方はかなり多いですね。うん。ただ、ま、そういう側面で報道されているよりも、これは実は私も関わったんですけど、あの、え、日本ではさほど問題になっていないんですけど、欧米、特に米国ではですね、え、トランスジェンダーの人権ってことが非常にこうセンシティブで、え、何でしょうかね、トランスジェンダーの人権を損なうような発言とか書籍とか、え、そういったものが非常にこうバッシングにされますね、日本でもあの、ある、え、トランスジェンダーへの、ま、批判っていうことはないんですけど、ま、ちょっと過剰医療みたいなのがあるので、そういうことを書いた、え、1冊が出版されるところだったんですけど、あの、出版社に脅迫が相次ぎまして、え、ある出版社が急に発売を取りやめたと、ま、そのことが話題になったんですけど、え、ま、それはそれとしてASDの人と性別違和の問題というものは、あの少なからずあるということだと思います。  えっとですね、ここは病名ですね。ま、ADHDはそんなに変わってないので、え、ま、「欠陥」という言葉を前は使っていたんですが、今は「欠如」という言葉になった。ただ、ま、欠陥より欠如の方が何でしょうかね。全くないってことだから、よりこう言葉としては強いのかなと思うんですけども、え、ま、それはそれとして、ASDの方はあの、以前は、え、PDD、広汎性発達障害と言って、その下位群の中に、え、アスペルガー症候群、アスペルガー障害と自閉症があったということが長く続いていたんですけど、え、2013年の、え、米国の診断基準で名称が変わったんですね、自閉症スペクトラム障害、ASDに変わり、さらにですね、下位群を設けないと、え、全部軽いものも重症な人もASDに含めちゃいましょうということになったと。これは裏話がございまして、え、なぜかと言いますとですね、どうもですね、ちゃんとはみなさん言わないんですけど、アスペルガーいう言葉を使いたくないと。え、アスペルガーっていうのは元々このアスペルガー症候群の提唱者というのかな。え、ウィーン大学の小児科の教授だったアスペルガー先生って方なんですが、この人がですね、え、せ、戦時中ナチスの協力者だったんではないかという疑惑が出てきまして、まあそうですね。うん。完全な証拠はないんですけど、ま、かなりそれらしい疑いがあると、ま、そこで、ま、アスペルガーという名前を消してしまいましょうという、どうも政治的な理由が働いて名称が変更になったんですが、ま、これはある意味こう我々にとっても、うん、当事者の方にとってもちょっといい迷惑ですよね。え、今までの名称がガラっと変わってしまったので非常にちょっと混乱を招いているところはございます。  えっと、ただまあもう今後は、ま、ASDで行くということだったので、あの、この講演でもASDって言葉を使いますが、ASDの症状、え、1番、2番、ま、3番は必ずしもないわけですけど、ま、1番はよろしいですよね。え、対人関係が悪い、コミュニケーションが取れない、え、いわゆる空気が読めない。親しい友達がほとんどない。これも必須の症状なんですけど、2番目が結構評価されていないんですよね。特定のものへのこだわりが強い。え、そうですね。え、小さいお子さんだったら、ま、例えば乗り物に執着したり。私が診ていた人でこうなんというかな、規則的な運動を見るのが好き。例えば、振り子をずっと見ているみたいな方もいたりとか、あるいは自分自身の行動に、え、こだわりがあって、え、いわゆるワンパターンも好むわけですよね。え、家から駅まで行く道順、これは絶対変えないとか。そういう、こう、あの、マイルールみたいのがあると。ただ分かりづらいのはですね、年代年代で変わるんですよね。子どもの頃のこだわりが大人になってもあるかっていうとまた違ってくる。ただ、ま、いつの時代でもそういったこだわりがある。で、これはですね、考え方にもあって、え、ASDの方がもちろん全員ではないんですけど、なかなか、我々も含めて、え、他人の意見、医療者の意見も聞いてくださらないということが、どうも多いようですね。そこも一種のこだわりかなと思います。  ADHDの方はもうちょっと分かりやすくて、え、1番2番は、一緒に多動・衝動性ということが多いと思うんですけど、ただですね、ここも誤解があってうん。多動っていうのは実はそんなにこう、あ、目立つものではないっていうか、目立つのは、え、小学校ぐらいです。小学校2年ぐらいまででどっちかというと男の子ですね。え、ま、女性でもいないことはないですけど、少ないし。で、それ以上になってくると、みんな気をつけるんですよね。え、立ち上がってうろうろしたりしているようなお子さんもちょっとやばいなみたいなことでやらなくなると。ま、なごりは残りますね。例えば、え、貧乏ゆすりが多いとか手遊びが多いとかそうですね、え、椅子をいつもガタガタさせるみたいなね、多動の中身は残るんですけど、明らかな多動は少なくなる。で、やっぱりメインは不注意症状ですね。ま、もちろん不注意症状が少ない方もいますけど、多くの方は不注意症状が中心で子ども時代であれば忘れ物、なくし物、え、あるいはちょっとしたけがが多いみたいなことが社会人になりますと、え、そうですね、え、上司の指示を聞き漏らしてしまう、え、すぐ混乱してしまう、え、そうですね、片付けなんかが苦手みたいな不注意症状が継続していますと、こういう風にあの症状を書いてしまうと全然違いますよね。ところがですね、なかなかこれは厄介なところで、え、臨床的にっていうかな、実際の患者さんで見ますと結構症状の重なりが大きい。似ているんですよね。だからなかなか診断がつきづらいっていうことがございます。で、あの、ま、実際の実地臨床、ま、私も一応専門外来と称しておりますので、え、自分が発達障害かどうかADHDではないか、ASDではないかっていう方が多いわけなんですけど、え、ま、そういうところで見ていますと、ま、私どもの診断が全て正しいかというと決してそんなことはないわけなんですけど、ま、明らかな誤診というのは結構多いですよね。で、一般的には最初申し上げたようにADHDを見逃してASDと診断している例が多い。それから、ま、特にADHDの人で多いんですけど、併存疾患が多いんですね。併存する他の精神疾患という意味ですけど、多いのはやっぱりうつ病あるいは双極性障害、ま、時には不安障害、ま、そういったものが主診断であるということで経過している方も少なくありませんということで、ま、そういった、え、ケースをちょっとご紹介いたします。  え、18歳の女性で大学1年生、ま、知的には優秀な方ですね。近くの精神科クリニックからの紹介で、えっと、紹介上はASDじゃないかってことであってですね、本人の主訴は人間関係うまくいかない、友達と急に険悪になる、感情面で不安定になるみたいなことを言っておりました。紹介状に書いてあることを抜粋いたしました。え、小3の時に、え、スカートの裏地の肌ざわりが気になる。ま、これは一種の感覚過敏かもしれませんね。手先が不器用。一方で物忘れ、なくし物がいつも多くて、片付けが苦手。授業中は落ち着かない、せっかち。友達は多かったということですね。中学から私立の一貫校。女子大学だったと思います。え、15歳の時にあるクリニックでASDと16歳の時にうつ状態となり、別のクリニックに転院しています。で、本人はですね、18歳の頃、幻聴のような症状とか被害妄想だったと、で、ある病院に入院をされていますというような経過の方ですね。えっと、で、改めてですね、ま、経過を伺ったわけですけど、ま、小学校時代、え、お友達はそれなりにいた、変わった子が多かったと、いじめもあったと。で、ま、やっぱり重要なのは片付けが苦手で忘れもの、なくしものが多かった。それから授業中に集中できなかった、え、というようなことですね。で、あの、先ほどの診断基準にありました、あのこだわりの症状みたいなものを聞いてみたんですけど、あまりはっきりしたものはございませんでした。え、中学高校の成績は上位なんですが、中3ぐらいから、あ、え、うつ状態を訴えて、ま、これによって精神科を受診したりしているわけですけど、えっと大学は芸術系のとこ行きまして、忘れ物やなくし物が増えたって言っていますね。え、あまりお友達関係はうまくいってないところですけど、果たしてこういう人をどう考えるかっていうことなんですけど、あの対人関係は決して悪いわけではないんですね。ファーストタッチは割と良くて一旦お友達はできる。ただ問題は長続きしない。え、ま、どうしてかって言うとどうもこの人はいろんなことを言いすぎちゃったり、一言多いんですね。それからいわゆるこだわりの症状はあまりはっきりしないというところから、ま、ASDの診断基準は満たさないでしょうと、一方でですね、え、小児期から忘れ物、なくしもの、落ち着きのなさ、ま、典型的なADHDの症状はあると、ま、それに伴って感情面の不安定さも出てくるということなのでベースにある診断はADHDであるということを私は考えております。ま、実はですね、こういうタイプのうん、ケースっていうのは、え、少なからずいらっしゃいますよね。ADHDの診断基準で漏れている内容としては、あの、この人もありましたが、感情面での不安定さ、これは実は躁うつ病と間違えられることもございます。あとですね、うつ病自体はASDの人もADHDの人も結構併存するんですね。うつ状態をメインに見てしまうっていうことも多いですね。その辺は気をつけないといけないと思っています。  えっとですね、これはちょっと症状を、え、外来の患者さんで調べたものなんですけども、えっと、ま、要するに症状が似ているということを言いたくて、え、データをちょっとお出ししたいと思います。あの、ちょっと分かりづらいともあると思うんですが、えっと、ASDの方、え、63例、ADHDが66例、健常者が38例。ま、年齢は大体同じぐらいですね。IQも特に問題ない。このAQというのはですね、あの、使っておられる方もいると思いますが、簡単な質問紙で自閉症スペクトラム指数というですね、えっと、ですね、50点満点で、ま、33点以上はASDの可能性が強いということは言われております。で、実際ASDの人はかなり高いですね。健常者はかなり低い。で、ADHDはどうかって言うと、ま、30点は越えないんですけど28.5点と健常者に比べると明らかな差がついていますね。これから言えるのはこれ横断面の症状ですね。横断面で見るとADHDの人もASDに似た症状が結構あるでしょうと。で、逆はどうかっていう話なんですが、えっと、不注意・多動というのはこれはあのCAARSというスケールなんですけど、これも自記式の簡単なスケールなんですが、えっと、不注意と多動、それぞれ評価できるんですけど、そうですね、え、例えば不注意の方だけ見てみましょうか。えっと、これは確か27点満点だったと思うんですけど、ADHDは18.5点、え、健常者は5.8点、ASDは、え、どっちかっていえばADHDに近い14.7なんでそこそこ高いわけですね。ですから、あ、ASDの人も、え、一定程度ADHDの症状をお持ちになっているということが分かると思います。えっと、ま、このデータのまとめなんですが、ま、ASDの一部の方では、ADHD症状が高得点、ま、逆もあってADHDの一部でASDの症状が高得点になっているということで、横断面で見ると、え、かなり両者は似ていると、なかなかこれは区別は難しいところがございます。それからですね、あの、よくうん、診断のポイントになります対人関係ですね。対人関係のいい悪いで、え、対人関係が非常に苦手な方はとASDの診断がつくことが多いんですけど、実はあまりこれがはっきり鑑別点、区別ができないことが多いですね。というのはですね、ADHDの人も子どもの頃は結構対人関係っていうかな、友達が多くてクラスの人気でしたみたいな方はですね、思春期以降変わってくる場合があるんですね。え、先ほどの症例の人もそうなんですけどうん。だんだん対人関係が苦手になる。ま、これはいろんな要因があるわけなんですけど、え、ですからそうですね、思春期以降の横断面で見るとうん、結構、対人関係の障害が目立つケースがあって、ま、1つはですね、ADHD的な失敗を繰り返すことで対人関係が悪くなった。ま、不注意症状みたいなものはありますし、先ほど申し上げたような衝動的な言動で、え、周囲の反感を買うみたいなこともあると思うんですけど、ま、そういったことが積み重なって、そうですね、ADHDの方が自らこうなんでしょうかね、接触を避けるみたいになることなんですね。え、そうするとASDとなかなか区別がつきづらいってことがあるようです。  えっと、このスライドは最初に述べたことのまとめなんですが、え、もう1つ診断面で難しいのはうん、日本の場合ですね、ASDのバイアスが結構強いんですね。というのはですね、え、ま、過去にというのかな、ま、もちろん今でもなんですが、え、児童精神科の中心的な病院ですね。え、旧梅ヶ丘病院とか、え、千葉の国府台あるいは東大病院のデイケア小児というところで主に診療されていたのは自閉症なんですね。ですから多くの先生方の専門は自閉症であるというところがどうも今も引きずっているような、え、傾向があると思うんですね。え、成人期の発達障害が割と取り上げられるようになってからも関心はアスペルガー症候群に集中しておりました。ですから、ちょっとその辺はいつも気をつけるようにしております。えっとですね、これは何かと言いますと、え、医学治療雑誌っていうのは、これはあの医療関係の論文とかそういったもののデータベースになるんですね。えっと、それでそのデータベースで発達障害とADHDをキーワードにして、え、どれぐらいの件数がヒットするかというのを、ま、2000年前後を中心に、え、グラフでお示ししたんですが、え、そうですね、発達障害の中には、ADHDも含まれるんですけど、あの、ASD、PDD、アスペルガー症候群、ま、それぞれ個々に、え、しないでも、発達障害ということで、え、あの、キーワードを設定したんですが、ま、そうしますと90年代の500件ぐらいから、え、そうですね、5倍、6倍ぐらい相当増えていますね。で、ADHDももちろん増えてはいるんですけど、あ、その増え方はそれほどではないと。ですから、え、ま、医学者の、え、ま、精神科医だと思うんですが関心はADHDではなく、ま、それ以外っていうかな、基本的にはASDでありPDDだったということが分かると思います。実はですね、同じことをあの朝日新聞のデータベースでもやったことがあるんですけど、大体同じような、え、タイプのグラフになりました。ですから、医療界においてもジャーナリズムにおいても発達障害といえばASDで、関心もそっちへ向かっていたというようなところがどうもあの、え、過去に強かったということが言えると思います。  ただ、ま、いずれにしろですね、ええ、その辺はちょっと置いておいたとしても、どうして2000年代以降発達障害がこれだけ、なんでしょうかね。うん。注目されてきたのか。ま、これは私も完全に答えが出ているわけではないんですけど、ひとつはですね、え、これはもうあの90年代80年代からあることなんですが、やっぱり教育における問題っていうのは非常に大きい。ま、今日来ている方々も実感されているかもしれませんけど、え、例えばいじめ、不登校、え、ま、その後の引きこもりですかね。そういった現象の背景に発達障害がある、えっと、このあとデータを示しますが、特にASDの方は非常にいじめに、え、被害が高率ですね。ただ、ま、それだけですと、お、そうですね、え、90年代までとあまり変わらないだろうと、やっぱりこう今世紀になって目立つのがやっぱり職場の問題ですね。え、まあ、就労されている方は認識があると思いますけども、ま、非常に職場の管理化が進んで、そうですね、え、ま、色々な、え、書類をしっかり出さないと、ま、それだけで叱責の対象になったりとか、あるいは様々な命令や連絡を非常に頻繁にしなければならないとか、うん、いろんな意味で、え、なあなあで済ましていることができなくなってきたと、ま、勤怠管理の問題なんかもそうだと思うんですけど、ま、それに伴って、え、発達障害、特にADHDの方が不適応を起こすということは非常に多く見られております。そうですね。当初はですね、実は、え、少年事件との関連で不可解な事件は発達障害が関係しているんだみたいな、え、主張が随分ありまして、ま、もちろんそういう例も皆無ではないんですけど、ま、一時はあのかなり問題にされたんですが、実際あの詳細に見てみますとですね、うん、割とですね、少年事件の場合は弁護側の法廷戦略っていうんでしょうかね。え、加害少年が発達障害であるということを、うん、情状酌量の何でしょうかね、え、ポイントにしようというところで鑑定書が作られている例があの多いように思いました。  えっと、それでですね、ま、実は1番大きいのは最後のように書いてあるんですけど、あの、日本ではですね、やっぱり精神疾患というものがかなりないがしろにされてきたと。え、実際の患者さんの数は多いし、あの、ま、それぞれ個人の人生にも非常に重要であるにも関わらず、なんて言うんでしょうかね、え、ま、きちんと取り扱われてこなかった。ま、この流れが変わったのが90年代のうつ病の増加、それから、え、自殺の増加ですね。ま、これによってもう1度、え、精神疾患をきちんと見直そうということがあの、え、行われてきたわけなんですけど、ま、その流れの中で、え、うつ病の問題から発達障害の問題っていうところで精神疾患に対する、え、関心というかな、重要性の理解が深まって、ま、政府の方も、え、2013年ぐらいだと思いますけど、え、5大疾病の中に、え、精神疾患を入れるということが行われたという風に記憶しております。あの、ただやっぱり現実はなかなか追いついておりません。え、ま、本当にこれはあの内輪話的になるんですけど、え、例えば病院のですね、え、保険点数ってありますよね。入院一日するといくらくらいみたいな。あの、精神科は最も低いですよね。え、その代わり、え、医師や看護婦さんの数も少なくていいっていう、こう、非常にこうおかしな、え、なんでしょうかね、あの、システムで、そうですね、例えば入院の保険点数は、ま、もちろん安いことは利用者にとってはいいことなんですけど、あの、大学病院で見ますと内科に比べて精神科は多分、ま、せいぜい3割ですね、30%。下手すると、ええ、2割ぐらいですかね、の保険点数しかないということで、非常にこう政府からは、あ、未だにこうある意味こう疎んじられているというようなとこがございます。ま、単に保険点数を上げればいいってもんではないんですけど、やっぱりこう、あの、診療を充実させるためには、ま、それなりに収益は必要なので、え、ただ、ま、現状でですね、ま、医療費が非常にこう高騰している中で精神科だけ上げてくれってのはなかなかおそらく通らないので、え、はありますけど、ま、他の方法用いて精神科、精神科医療の地位向上を目指すことがやはりこううつ病あるいはは発達障害そういったものをきちんと、え、治療してく上では重要だという風に考えております。  えっとですね、今お話ししましたASDの人の、え、いじめの問題を烏山病院のデータでまとめたものをお示しします。えっとですね、これはあのASDだけなんですけど、え、烏山病院の患者さん749名。で、ま、この中でどれくらいの人がいじめ等にあったかということなんですが、え、ま、男性の方が多いですよね。え、いじめの、過去にいじめの被害があった方っていうのは、え、ま、5割弱ですね。46.6%非常に多いですよね。不登校も大体2割くらいとですからこういったいじめとか不登校の背景に発達障害、ADHDの人もあのかなり多いんですがASDよりは少ないですね。え、あるということは明らかなんですけども、ただ実は先生方あんまりこう責められないというとこあって、え、今の学校の先生方はもう明らかにオーバーワークですよね。ま、その上であの発達障害のお子さんへの支援もできるかというと、ま、実際あの教員の方で受診されている方も少なからずいらっしゃるので、そういう方からお話し聞いたりしても現実的にはかなり厳しいですよね。で、ひとつにはですね、これもよく申し上げているんですけど、クラスの人数の問題って非常に大きいと思います。え、ヨーロッパ、アメリカ等ですと小中学校のクラスは大体20人ちょっとぐらいが多いみたいですね。日本で未だに30人、35人いると。で、20人ぐらいだと比較的個別対応が可能になるようですね。現状でやっぱりクラスの人数を減らすか、あるいは常駐のスクールカウンセラー的な人を、ま、常勤が難しくても、え、週4とか5とか、え、勤務していただくようなシステムを取らないとこういったところはおそらく、え、手当てができないということはどうも文科省はあの多少は主張しているらしいんですけど、前に聞いたお話ですと、あの財務省が却下しているというようなことを聞いておりますが、やっぱり学校のシステムを変えてって、ま、いじめの被害あるいは不登校になるというようなところからお子さん方を救ってくと、え、いうことはあの実は、え、非常に大事だと思うんですね。ま、ですからこども家庭庁とかあって、果たしてこういうところに目が行っているのかなっていうことはいつも疑問に感じております。  えっとこれも一部繰り返しなんですけど、え、これまで述べてきたことも含めてですね、やっぱり発達障害については誤解が多いと、え、それもあといくつかこれもみっつあげているんですけれども、あの、ま、大人の発達障害みたいなことを我々も言葉で使うので誤解を与えていると思うんですけど、成人になって発症するものではないですね。子どもの頃から特徴があると。でもちょっと大人になって出る、発症するんじゃないかみたいなことを思っている方も稀にいる。そこはちょっと気をつけていただければと思います。それから知的障害との関係なんですけど、え、そうですね、かつての自閉症カナータイプっていうのはいわゆるこう典型的な、え、自閉症の人ですがうん。そういったタイプは結構、知的障害多かったんですね。ただ、え、思春期以降ですね、あの、ま、大体小学校でうん、知的障害がある方は検査を受けて、え、ま、支援級等を利用されている場合が多いので、そうですね、え、小学校以降、あ、中学校あるいは高校以降受診される方は知的障害ある例は実はあまりいらっしゃいません。それで果たしてですね、発達障害を疾患と捉えた方がいいかどうかという、ま、これはいろんな考え方あるわけなんですけど、ま、病院にいらっしゃれば、ま、疾患であり、福祉的な障害ではあるんですけども、ただ、まあ、一般の疾患とはだいぶ違いますよね。例えばうつ病でいえば、ある時発症して急性期があって回復期があって完全に治るみたいな病相があるんですけど、発達障害はないですよね。そういった意味では疾患というは特性ではないかという風に、え、見る見方もあると思います。ま、両者の側面があると考えればいいのかもしれません。えっとですね、2005年に発達障害支援法ができて、ま、そういう意味の法律で、え、行政的には比較的充実してきたと思います。  というところでようやくあの総論が終わったわけなんですけども、その次はASDとADHDの関係をもうちょっとお話ししたいと思います。えっと、ま、これ繰り返しになるんですけども、あの、ASDあるいはアスペルガー症候群が、割と何でしょうかね、注目されてきた中で実際の専門外来の受診者はADHDの人の方が、ずっと多いというのが実際のところでした。え、これはこの辺りは今までお話ししたんで、え、さっと見ていただければいいんですけれども、ま、先ほど症状の重なりが大きいとお話をしましたが、ADHDとASDでは問題行動が結構似ているんですね。例えばADHDだと衝動性があるので、ま、衝動的な問題行動もあるわけですけど、実はですね、ASDも結構多いんですね。その辺りも似てきてしまうっていうことがございます。えっと、次のスライドはちょっと僕も読み方が分からないんですけど、オランダの有名な、え、サンドラ先生っていったんですけど、この教科書からですが、この教科書だと、え、子どもの有病率が4から8、大人が3からと、ただまあ、それよりも多いデータもいくつかございます。で、一般に言われているのはADHDは成人期において最も有病率が高いという風に言われていますが、ま、一方でASDについてはせいぜい1%ぐらいだということのようです。えっと、それでですね、ま、症状なんですがADHDですね、え、結構小児から思春期で不注意症状だけの人、え、特に知的能力の高い方は見逃されている場合多いですね。で、社会人においてはやっぱりこう不注意症状ですね。そこに、え、スライドに書きましたけど、ケアレスミスが多いとか、え、ま、口頭での指示を抜けちゃうって方が多いですよね。それから、え、マルチタスクが苦手ですね。うーん。これはですね、なかなかもうしょうがないとこあるんですけど、やっぱりこう仕事していると何年か経つと、ま、中堅になりますよね。そうすると上の人は部下の面倒を見ろみたいな新人の面倒を見ろみたいなことになると、うん。例えば本人が自分の仕事があって2人新人を面倒見ると常にマルチタスクっていうね。で、これがさらに管理職になると、え、課長さんとかわかんないですね。5人とか10人とかいるんでしょうかね。え、皆さんの進行度合いを常にチェックしていかなきゃいけない。で、え、なんて言うんでしょうかね。そういうこう、あの、管理能力みたいなところ、これは、ま、ADHDの人もASDも非常に苦手ですよね。ただ、ま、会社のシステム上、昇進してもらわなきゃいけないし、え、特別なポストも用意できないみたいなところで、え、よく困ることが、あ、起きております。一方ですね、衝動性の問題はみなさんにあるわけじゃないんですけど、思ったことをすぐ口に出しちゃう。あるいは人の話を聞かないで被せて話す。私が診ていた例ではですね、そうですね。うん。重要なプレゼンの場で上司がプレゼンしていたと。で、そこで結構大きなミスがあったと。で、その患者さんはですね、それをその場で指摘しちゃったんですよね。もちろんそれ自体は正しくない行動ではないんですけど、ま、上司の側からすると、ま、やっぱり恥をかかされた。みんなの前で自分の間違いを言われたみたいになっちゃうんですよね。で、それ以降非常にこう上司の当たりがきつくなって、え、困った状態が続いていた人がいたんですけど、そうですね、ま、ADHDの方はその時思ったことをパッと口に出しちゃう、それで失敗するという例が会社でも結構おきていますね。もうひとつですね、ADHDの人は、ま、いろんな併存症が多い、特に衝動性と関連した併存症が多いと、え、そうですね、いくつかそこにありますが、ま、買物依存とか依存症の人は先ほどお話ししたんですけど、うん、実はですね、リストカットとかオーバードーズとか自傷行為的なものですね。え、自傷行為を繰り返すと大体borderline personality?disorder(ボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダー)、パーソナリティ障害という診断がつくんですけど実は本体はADHDだったみたいなこともしばしばございます。あとあの特に女性の方で過食症の原因がADHDのこともございます。  と、え、次のスライドはですね、え、ま、よくある診断の誤りについて、え、繰り返しにもなるんですけど、いくつか示しました。ま、これは1番上の項目対人関係の障害が見られるからASD、ま、これは先ほど申し上げたようにADHDでも結構あってですね。その2つ目の項目ですね。空気を読めない、空気を読めない発言をしてしまう。場にふさわしくないこと言っちゃう。だからあなたはASDだ、みたいなこと言われることも多いんですけど、実はですね、ADHDの人も考えないで言っちゃうと同じなんですよね。ただ、ま、どこが違うかって言うと、ADHDの人はもう1回その場で考えることは本来できるはずですよね。え、ASDの人は全くできないかっていうとそうではないんですけど、かなり相当難しいんですが、ASDの人はあの、う、その場の様子を察知してそれから発言しなさいというと比較的この辺りを抑えられることがございます。それから併存症との関係ですけど、え、ADHDの人は躁うつ病と間違えられることですね。気分変動も結構ある。ただ短期の変動ですね。うつになったり短期間ハイになったりする躁うつ病というんであればある程度こう持続しないと基本的には診断がつかないので、え、実は本来はADHDということがしばしばございます。えっと、BPDというのはボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダー、え、先ほどご説明しましたパーソナリティ障害ですけど、ま、これと間違えられることも珍しくないということだと思います。  えっと、ですね、それでは3番目の項目で、え、ASDについてもうちょっと、え、症例を含めてお話していければと思います。症例えっと、ま、スペクトラムっていう言葉ちょっと分かりづらいですけど、ま、同じ特性を持った連続体っていうように言われていますけど、え、ま、診断基準にあります1番と3番ですね。その特徴があり、え、重症のケース、1番重症のケースが昔からある古典的な自閉症、健常者に1番近いのはアスペルガー障害であり、アスペルガー症候群、え、そういう連続体を呼んでおります。で、歴史的にはですね、かなり紆余曲折しております。えっと、カナー先生のお名前聞いたことがあると思いますが、え、1940年代前半でしたかね。え、自閉症の概念、早期幼児自閉症っていうの初めて提唱したんですが、その時のですね、考え方が今と全く違うんですね。え、カナーさんは自閉症っていうのは統合失調症だ。さらに原因が親の養育だ。ちょっと今からするとちょっととんでもないことを言っておられたんですけど、そっからASDが始まったんですけど、え、1980年代に、え、イギリスのウィングさんという人は、あの、当時埋もれておりましたアスペルガーさんの論文を発見して、え、ま、健常者に近い一群もあるんだよということで自閉症スペクトラム障害、ASDの概念を提唱されました。今では養育の問題は完全に否定をされております。ただですね、あ、これ最初の方でちょっと話したダウン先生ですね、ダウン症の発見者なんですけど、実はカナーより前にダウン先生が発見しているんですよね。え、1800年代ですからかなり昔なんですけど、このダウンさんは非常に優秀な方だったみたいで、ダウン症、サヴァン症候群、それからもう1つ著名な遺伝性疾患も発見していて、さらにですね、今日の自閉症にあたるものとしてdevelopmental retardation(デベロップメンタル・リターデーション)、え、リズミカルで自動的な動き、なんかこう手をヒラヒラさせるようなことを言っているようですけど、そういう動きがありつつ自分だけの世界に、こう。ま、まさに自閉症ですね。え、そういったケースを初めて記載されております。で、現実の臨床面ではどうかって言うんですけど、ま、なかなか対人関係の障害と言っても様々で本当に生涯友達が1人もいないみたいな人もいれば、ま、物静かな存在ぐらいとかって方も、え、いらっしゃいますね。え、ま、空気が読めない等で孤立しているんだけれども、ま、一方的に発言を繰り返すようなこともございます。え、ADHDに類似したこう特徴もあり、あるいは興味の偏りみたいなものはいわゆるこうマニアックなオタク的な行動につながることもございます。  え、それから5番はいわゆるマイルールですね。ちょっと一例、え、ASDの、ま、高機能の方ですね、ご紹介したいと思います。えっと、生まれはヨーロッパということですけど、 ま、言葉の遅れがあった。2、3歳頃から急に喋り出した。この辺はASDの人に割と多いですよね。え、感覚過敏みたいのがあったんですけど、幼稚園に入ってから他のお子さんとうまくいかない。ま、正義感なんですよ。他の子が規則を破っていると必ず注意する。ま、そこでこう、うるさいと言われて逆に、え、幼稚園からも嫌がられたというようなことがでてくるんです。で、え、その時に他の幼稚園に行ったんですけど、やっぱりまあ同じようなことで他のお子さんに注意をして、え、トラブルになってしまう、でこの人が言い過ぎるからいけないんだみたいなこと言われちゃうんですよね。うーん。ちょっと変わった子ということで問題児扱いされることが、え、少なからずあってですね。えっと、ま、親は心配して私立の小学校に通わせて、ま、親御さんはあの、ある程度経済力がある方だったんですけど、え、最初は良かったらしいんですけど、やっぱりこう、あの、他の生徒さんに注意をすると、え、ところがですね、反撃にあうんですね。え、逆にこう鉛筆で手を刺されるみたいなことがあった。ま、そういうトラブルの中であのいじめをした生徒をこう制止した時に、ま、逆に本人が暴力をふるったみたいな、え、嘘がですね、え、言われてしまいまして、大変こうショックを受けたということもあったようです。えっと、成績は優秀で行事なんかも一生懸命で、ま、ある程度、あの、人付き合いはできていたようですけど、ま、かなりストレスが強いので、強い時期には強迫症状が、え、随分あり、それから、ま、片付け等も結構苦手だった、ただ、ま、典型的なADHD症状みたいなのはなかったですね。え、ま、興味のあることには熱心で漢字とか素数、元素記号、ま、そういったものに執着したというところがASD的な症状かと思います。で、この人もですね、オードリー・タンさんと同じでも本当に、え、転々とするんですよね。え、系列の中学校ではうまくいかず地方の全寮制に入るけども、ま、すぐに不適応になって、ま、一時、親の伝手で精神科に入院するんですけど、ま、そこから逃げ出してしまうと、え、地元に戻って公立高校に入るけどもうまくいかずに結局通信制高校を卒業すると、ま、そういった時に、あの外来でお会いしたんですけど、いやこれは相当難しいかなというような感じもあったんですけど、え、投薬というのはですね、強迫症状が結構ありましたので、強迫症状に対する抗うつ薬をお出しして、これは結構本人にとってとっても良かったみたいですね。それでこの人はゲームオタクでもう時間がある限りゲームをしてくという生活だったんですけど、ま、そういうことから当然昼夜逆転だったんですけど、ま、ある理工系の大学の二部を選んだんですね。ま、能力的にはもうちょっと高いとこも可能だったんですけど、え、朝から絶対行けないと言って二部を選んだんですね、で、それがなんか不思議にうまくいきまして、え、最終的には大学院も行って、この辺りから全く問題がなくなりましてね、ちょっと不思議な感じで、ま、診断が間違っていたかなと思うんですけど、あの、ま、本人が得意なIT系の仕事をしていて、ええ、何でしょうかね。ま、多少他の同僚等とうまくいかないこともあるんですけど、今のところそれなりに、それが続いていると割とあのうまくいったケースなんですけど、ま、本来やっぱり能力がある程度高かったということと、高校から大学にかけて成長したということと、ま、お母さんはですね、うん、ま、すごい理解がいいというわけじゃないんだけど、ま、いつも本人に寄り添ってくれて、ネガティブなことはあんまり言わないというお母さんも非常に良かったのかなという風に今では考えております。 えっとそれでは続けてADHDについてもちょっとお話をしたいと思います。あのASDについても考え方が全部変わったと申し上げたんですが実はADHDもそうで、え、最初はですね、ADHDは脳の障害だって考えられたんですね。え、いわゆる器質的な障害、脳病変があってそれによってADHD症状が出ると。というのは最初の報告、え、ロンドンのスティル先生とかですね、え、脳炎とか脳腫瘍の既往歴のあるケースで、え、ま、そうですね、多動・衝動性みたいなものが目立つケース、そういうものを、え、報告されまして、ま、それがADHDの最初の報告だっていう風に言われてきました。ですから当初はこの流れに沿ってあのADHDが考えられておりまして、え、1900年代前半には、脳炎の後にADHDの症状、みたいな症状が出てくるものが随分報告され、え、ま、その辺りの考えがまとめられましてMinimal Brain Dysfunction (ミニマル・ブレイン・ディスファンクション)あるいはMinimal?Brain Damage(ミニマル・ブレイン・ダメージ)、微細脳機能障害これは皆様もあのご存知だと思いますけど、ま、脳に何らかの軽微な障害があり、それによってADHD症状が出ているというような概念が、ま、結構長くですね、え、そうですね、90年代ぐらいまで、え、使われておりました。ところがですね、ま、そういう例も確かにあるんですけど、全体から見ればわずかなですね。え、私も交通事故の後に、え、成人になってから交通事故の後ADHD症状が出たなんていう例は経験しておりますけど、大部分のADHDの方に脳の器質的な障害はないと。ですから脳障害ではなくて神経伝達物資の機能障害だという風に考えが、ま、全く変わったというところがございます。  えっと、特徴については最初申し上げたように、多動はそんなに高頻度ではありません。え、やっぱり不注意症状が子供時代も大人以降も中心ですね。意外に対人関係が悪い人が多いですよね。え、それから衝動性には一方的に喋るとか一言多いみたいなところで失敗する方が多い。で、学校時代はですね、ちょっと面白い子みたいに思われるケースもあるんですけど、ま、逆にですね、大体の場合はちょっとこう言うこと聞かない勝手な子みたいな扱いをされることが多いですね。だから本人にもつらいと思いますね。えっと、次は併存症なんですけど、あのこれはアメリカのデータなんですが、ASDもそうなんですけど、ASDよりも若干ADHDの方が多いのかな。併存症、ほかの精神疾患ですね。これかなり多いってことが知られています。え、不安障害が、え、全体で合わせると5割弱くらい、うつ病と躁うつ病合わせた気分障害が4割近くということで、え、ま、相当な併存症が見られるということだと思います。なのでですね、区別がつきづらいわけですよね。え、併存症なのか、本来ある疾患なのか、うつ病とか、え、躁うつ病そう状態なのか、あるいは先ほど申し上げたパーソナリティ障害、そういったものの症状と同じようなものが結構ADHDでは見られることが、少なからずございます。  えっと、私どものデータでちょっと見にくくて申し訳ないんですけども、えっと、ADHDの方、えと、61例ですかね。えっと、CAARSっていうのは、あの、ADHDのいろんな症状を、え、見ているもの、この下はですね、えっと、PHQ9っていうのはうつの症状ですね。BSDSっていうのは、え、躁うつ病の症状、それから、え、STAI、スタイというのは不安の症状ですね。そういった症状がどれくらいあるかっていうのを健常者の人と比べてみたんですが、なんていうか、ま、ADHD症状は当然差があるんですけど、こういう、うつとか不安の症状も全部こう健常者よりは、え、大きな数値が出ているということがひとつと、そうですね。え、これはですね、うんとADHD症状と、ま、こういったうつとか躁うつ病とか、不安の症状は、え、どれくらい相関しているかとその、0.428とか色々な数値が書いてあるのは相関係数と言いまして、ま、両者の関係を示す数値なんですけど、そうですね、ま、0.4あるいは0.5ぐらいは一定程度の関連があると考えていいと思うんですけど、え、これをまとめたのは次のスライドですけど、ま、ADHDの人の、不注意症状と、え、PHQ9はうつの症状ですね。あるいは不安の症状が正の相関がある。かなり関係していると、え、多動症状とはうつの症状、え、躁うつ病の症状、状態不安が関連。それから症状、衝動性についてはうつの症状、え、躁うつ病の症状、不安の症状全てが関係しているということで、ま、要するにですね、ADHDの症状があるとうつや不安が、ま、かなり起こりやすいということが言えると思います。ただ、ま、これが本当の併存なのか、それとも一過性の症状を示しているだけなのかっていうのはなかなか難しいことがございまして、え、どちらかというと一過性のものが多いということと、それからですね、本人はですね、うつとか不安を主に考えてる場合も結構ですね。ま、それによって受診される場合も少なくなくて、ADHDの症状はそれの背後にあったりする場合も多いと思います。  えっとですね、症例は、ま、長期にわたりうつ病等と診断された女性のケースですね、ご紹介したいと思います。えっとこの方は地方で、え、出身の方で、ま、小学校の頃からADHD症状は明らかで、ま、落ち着いて座っていられない、ま、多動症状ですね。え、集中困難、忘れ物も多いみたいになっていますね。ま、一時、え、非行グループに入ったんですけど、え、その後いじめにもあって不登校になっているということですね。えっと、高校はですね、通信制高校、ま、その後専門学校に行ったんですけども、うん、就労してからはですね、やっぱり不注意ミスが多くてなかなか続かないと転々と、え、職場を変わっておりました。えっと、28歳以降は、仕事はせずに、え、生活保護を受給をしているという状況ですね。え、というような方だったんですけども、うん、ま、ちょっと繰り返しになるんですけど、小学生頃は授業に集中できず落ち着きがない、え、映画をじっと見ることができないみたいな典型的な不注意、多動症状、多動の症状があったと。ま、それからですね、ま、他のお子さんに認められたいっていう気持ちが結構あって、え、何でも付いて行ってたんですけど、逆にこう思っていることをどんどん言っちゃったんですね。それで人付き合いの失敗が多くて、だんだん自信がなくなったということがございました。15歳頃から不登校さらに、え、高校卒業ぐらいからはリストカットを繰り返して、え、不安・抑うつの症状は結構出ていたということですね。うん。不安神経症とか診断されたり、あるいは統合失調症、パーソナリティ障害、え、アルコールの量もどんどん増えて、でまあ、アルコール依存の問題が生じてきました。えっと、そうですね。それで、え、不安や抑うつが強くてある精神科に入院したんですが、ま、そういった中でですね、あの、治療中の病院から発達障害を疑われて、え、烏山病院に紹介になりました。えっと、ま、まず1つはですね、ま、経過から明らかなように、え、不注意や多動の、え、ADHDの症状は、え、子ども時代から現在まで見られる、まあ、それに伴って対人関係の問題、不安・抑うつ症状が、え、出現したという風に考えられました。この方は、あの、アトモキセチンというADHDの治療薬によって、ま、完全ではないんですけど情動面が安定して、え、外来通院を継続しています。ま、まとめますと、うつ状態とか摂食障害、アルコール依存症なんですね。ま、そういった二次障害が前面にあり、そちらの治療が優先されたので、ま、ADHD自体がちょっと見逃されてきたというところがあったケースだったと思います。  もう一例ですね、え、リワークを利用していた女性の方ですね。えっと、この方は紹介いただいた時に39歳で、え、20代後半から紹介状にはうつ病を発症したんですけど、ま、なかなか仕事が長続きしなかったと。で、この人はリワークの職員から発達障害ではないかていうことで、え、指摘を受けたということですけど、ま、その時はASDではないかという風に言われてですね。で、改めて、え、経過を見たんですけど、ま、友達は少なかったということですね。ただ、ま、やっぱり忘れ物が多いとか片付けが苦手とか、え、そういったことが子ども時代からあったようですね。え、中学時代、遅刻や居眠り、ま、この頃の対人関係は特別問題はなかったですね。え、最初女子大の文学部に入ったんですけど、つまらないということで理系の、え、大学に移ってその後、国立大の修士課程を、え、卒業されています。ま、といういわゆる高機能の方なんですけど、仕事関係はですね、バイオ関係が多くて研究職とか臨床試験とか、ただまあ、どこでもあんまりうまくいかないと、うん。ま、眠ってしまったは、論外なんですけど、え、上司の人はこれぐらい分かってくれみたいなことがなかなか分からない。ま、いわゆる空気を読めないっていうのはASD的ではあるんですけどね。え、マルチタスクが苦手、被せて話す、一方的に主張するみたいなところがございました。実際お会いすると、あの、え、そうですね、ま、非常にフレンドリーな方で、うん。対人関係そんなに問題ある感じはしないですね。え、なかったです。あの、よく自分のこと語る方、ま、むしろ喋りすぎていうのかな。ま、そこでどうも失敗してきたようで、え、基本的な診断、やっぱりADHDだと二次的にうつ状態になっていると。この方随分長く診ていて、そうですね、もう10年ぐらい診ていますが、ま、アップダウンはあるんですけど、え、ADHDの治療薬は一定程度効いてますが、いくら注意しても無理をしちゃうんですね。え、仕事が、あ、何でしょうかな。うん。佳境に入ると平気で徹夜もしちゃうと。あとま、お金遣いが非常に荒くてこの人はあのご主人も働いているのである程度余裕はあるんですが、自分の稼いだものはほとんど全部自分で使っちゃうと計画もなしに使っちゃうそういったところはなかなかですね治ってくださらないとこがございます。  えっと、ま、ASDも共通しているんですけど、ADHDの治療指針の一般的なことをお示ししました。まず何より大事なのは自分の特性、何が問題なのか。ま、これは一般の人もそうなんですけど、う、生活上あるいは仕事上何が問題であるかそこを理解すること。それで結局そういう不得意な状況においてどう対応したらいいかっていうことですね。その対処行動を考えると。ま、これにつきるわけですね、対処行動が取れないんだったら不得意な状況を起こさないように避けると逃げるというのも1つありだと思います。で、そういったことを語り合う、議論し合うものとしてグループワークを烏山病院でやっておりまして、え、ADHDグループですね、え、1クール12回、え、毎週、ごめんなさい。毎週ではなくて、今、隔週ですね、隔週3時間、ま、大体12名定員ですね。え、あの、結構時間長いんですけど、あの、通ってくださる方の評価はまあまあですね。えっと、内容としては、ま、認知行動療法的、なんでしょうかね。例えば不注意をテーマにしてどういう不注意による症状が、問題があったかということを各自お話いただき、ま、それに対してどう対応すべきか、対応したらいいか、っていうところをグループ内でディスカッションするとともに、ま、一般的な、あ、疾病の知識についてスタッフが、え、心理教育をするというような流れになっております。ま、こういったですね、グループワークが一般の診療所でもできればいいと思うんですけど、ま、あの、なかなか保険診療上、採算が取れないということで、そうですね、おそらく都内近郊も含めて2,3箇所ぐらいしかあのやられてないですね。で、一般にあの、発達障害ADHDの方もASDの方も言われているのは個人のいわゆる精神療法カウンセリングは有効性は比較的少なくてやっぱりグループワークが非常にいいと患者さんたちがおっしゃるのは、ま、我々も同じようなアドバイスをしているんですけど、え、医療者から言われるよりも、ま、隣のユーザー、当事者の方から指摘を受けることが非常にこう、ま、ピンとくるっていうのかなってこと、おっしゃいますよね。あと、実際に自分以外の同じ症状を持つ人と交流できることは非常にこう有益でしたということをおっしゃる方が多いように思います。え、ま、こういう試みが広まっていくといいと思うんですけど、ま、私どもはあの一般の診療所でもできるように、え、動画のマニュアルなんかも作っておりますので、え、ま、今後そうなったらよいのにな、と思っております。  もうちょっと治療の話になるんですが、え、Emma Pendleton Bradley Hospital(エマペンドルトンブラッドレイホスピタル)というとこなんですけど、あの、これはですね、個人病院だったんですね。ただ、あの、いわゆる小児精神科のはしりということらしいですね。開設者であるブラッドレイさんが、うん、あの、脳炎後遺症の娘さんのために、え、作った病院ということで知られております。ま、そこでですね、このブラッドレイ病院において、え、いわゆる多動症状に対する精神刺激薬の有効性っていうことが確認されたというのはもうすでに戦前1937年ですね。で、その後うん、メチルフェニデート、現在のコンサータが開発されて、ま、当初はADHDではなかったんですけども、対象ではなかったんですが、60年代ぐらいから、え、当時は、あ、今のタイプではなくて、え、リタリンですかね。え、その後も様々な中枢刺激薬が開発されて、え、現在に至るわけですね。アトモキセチンやグアンファシンといったスティミュラントではないものも、え、今では使われるようになってという歴史がございます。えっと、これはですね、現在日本で使用可能な、ええ、薬物についてその特徴を、え、まとめたものです。実はですね、世界的に言いますとビバンセ、え、これがファーストチョイスなんですね。ただ残念ながら日本では成人での認可が降りてないというか、あの、え、厚生労働省が臨床試験をさせてくれないということがございまして、いまだに使えないという現状でございます。  えっと、あと残りの時間少し、え、障害と創造性という、え、ちょっといくつかの話をさせていただきたいと思います。えっと、これはですね、トム・ハートマンさんていう、ま、ちょっともう古い、古いというと、ま、20年前ぐらいの、え、ハートマンさんの著作からの引用なんですけど、ま、何を言いたいかって言うと、え、左側が症状、ADHDの症状ですね、え、ついて書かれているんですが、ま、計画性がないとか落ち着かないとか、ま、そういった症状もですね、実は別の面から見ればプラスにも捉えられるんではないかと。計画性がないのは柔軟であると、臨機応変であると、え、指示に従うのが苦手なのは自立しているんではないかと。ですから、うん、単に症状と見るんではなくて、え、プラスな面もあるということを、え、ハートマンさんは言っておりまして、ま、確かに一理あるかなという風に思っております。で、それに関連してなんですけど、あの、え、ADHDの人の特性としてマインドワンダリングっていう、え、ま、これ思考かな?思考の特徴が知られております。で、これは何かと言いますと、あの、ま、余計なことを考えるってことなんですけどね、え、現在行っている課題や外的な環境の出来事から注意がそれ、まさにADHDですね、自発的な思考を行う現象。例えば会議なんかであるテーマについて話しているんだけど本人はぼーっとして他のことを考えてみたいなこと言っているんですが、ところがですね、こういった、こう、ちょっとこう、不必要なまとまらない行動に見えるんですけど、このマインドワンダリングのま、特性というのかな、それは、え、思考の流暢さ、発想の数の多さ、発想の多様さ柔軟さ、非凡さ稀さ、ま、いわゆる、こう創造性的なところと非常に関係があるという研究が、え、いくつか出されております。要するにですね、ま、ADHDではない人、ま、一般人と言ってもいいかもしれませんけど、は、ま、リニアに考えるわけですね。論理的にA、B、BからC。ところがADHDの人のもちろん全員ではないんですけど、こう突飛な発想をすると。突然、全然、別のことを考えるというようなことを、え、申し上げているわけです。が、それが特に芸術的な才能と関係しているんだということが近年言われるようになってきております。  というようなところで、ちょっと著名人の方を若干ご紹介しますけれど、ま、古い時代なので果たしてどれぐらい本当なのかっていうとこはありますけど、え、モーツァルトのことを色々調べていますと、ま、かなりADHDに近いものがあったのかなと。え、よく動き回ると、神経質に手を動かすと、ま、明らかに多動ですよね。え、短気で気持ちが不安定。衝動的なところがあっと、え、好き嫌いを直感的に決めると、え、手紙なんかでは脈絡なくいろんな名前を列挙したり、関係ない物語を書きます。ま、マインドワンダリング的な特性ですね。え、そうですね。うーん。ま、暴言を言ったりする。ま、これは衝動性ゆえでしょうかね。一方でですね、あの、曲のアイデアが浮かぶと驚くべき集中力、いわゆる過剰集中的な、あ、行動ができると。一方ですね、ま、最初話もありましたが、この人もギャンブル依存が非常に、近いものがあったみたいで、え、何でしょうかね、もうお金の管理ができずにもうあるだけ使っちゃうみたいなことがあってですね。ま、あんまり不注意症状は目立たないんですけれども、かなりこう特性はADHDに近いものがあったのかなという風に思います。  あ、これはですね、NHKで放映されたあの、え、発達障害をテーマにしたもので、この人は、えっと、右側の女性があのASDのものすごく記憶力があるという女性の最終的に警察官となっているんですかね、方なんですけど、ま、最近のフィクション中ではそういった、ASDの特性を持つ方を、こう、え、物語の主人公にする例は少なからずあるんですね。  えっと、日本人ではどうかということでちょっと一部ご紹介したいと思います。え、そうですね、ご存知かどうか分かりませんが、明治維新のですね、え、著名人の1人なんですけど、あの、大村益次郎さんていう方ですね。え、これ司馬遼太郎さんが花神という長編小説の主人公にしていて、ずいぶん前なんですけど大河ドラマでも放映されております。え、そうですね。え、歴史学の磯田さんていう方、ま、よく色々テレビが出ている方は、え、合理主義的な精神を体現化した人物という風に言っているらしいんですけど、こういう顔の方ですね、すごくこう頭が大きいの目立ちますよね。え、どういう人かって言うとですね、あの、長州藩の人ですね。で、え、お医者さんなんですよ。で、大阪の有名な適塾ってところの、なんだろう門弟だったんですけど、なぜかですね、軍事的な能力が非常に買われまして、え、うんと幕末そうですね、長州征伐っていう幕府が長州に攻め込んだ時があったんですけど大村益次郎がこう司令官になって幕府軍を追い返し、さらにその後いわゆる明治維新の戊辰戦争ですね。その時のま、総司令官みたいな、あ、役割で、え、政府軍を、ま、幕府か、を打ち破ったということが知られています。で、この人はですね、え、いわゆる町医者というか村医者の息子さん、緒方洪庵先生の適塾って有名な、え、ところに研鑽していたんですけど、ま、ともかく変わった人というか、変人というか人付き合いは、ま、典型的なASD的な対人関係の問題はある人で一方ですね、語学の才能はものすごかったと、え、オランダ語の、え、辞書がもう頭の中入っているぐらいのことが言われております。それでですね、うん、確かあの適塾の筆頭まで行ったんですね。え、適塾の筆頭になると大体あの幕府といろんな藩から誘いがあって、え、ま、大きな藩のお医者さんに召し抱えられたらしいんですけど、この人には、あ、どこからも声がかからなくて、ま、しょうがないんで、え、郷里で医者として開業したんですけど、なかなかそこでも患者さんは寄りつかないと、え、いうようなことがあって、え、飯田先生は、ま、こういう経緯から、ま、おそらくアスペルガーだったんじゃないかっていう風に述べられているんですけど、で、ま、幕末だったのが多分大村益次郎には、ま、良かったというかな、あ、え、その後人生で大きな転換が生じたわけなんですけど、ま、オランダ語が非常にできるということで、え、宇和島藩に招かれたと。それであのオランダの本を読むだけで、ま、実際にですね、え、なんでしょうかね、見たことがない戦艦を作ったり砲台を作ったりしたと。で、それに目をつけて、え、長州藩の木戸孝允が、え、長州藩に招いてですね、あの、ま、軍事全般を任せたということだったり、ですね。で、うん。この人は軍人でもないので全然軍事の経験はないんですけど、ま、兵略の天才っていうんでしょうかね。うん。ま、オランダの兵法書を読んだだけであの、え、戦略を組み立てられたということですよね。実はこれと似たタイプの人が1人海外で有名な方でおりまして、あのフランスのド・ゴール大統領って方が非常に、え、アスペルガー症候群ではないかと言われたんですけど、やっぱり軍事の天才だったですね。ま、要するに感情を交えずに、ま、あの、兵隊を駒のように扱うというようなことが、え、できたという風に言われています。えっと、確か大村益次郎は明治の初期に大臣までなったんですけど、あの、え、最終的には暗殺をされたということが知られています。  もう1人ですね、え、今度はADHDの特性を持つ日本の著名人、え、北斎ですね。え、北斎については色々なこと言われているのでご存知の方も多いと思いますけど、え、ま、引っ越しが頻繁に、本当に93回なのか分かりませんけど、改名もよくしてたと。それから、え、ルーズでだらしない、片付けができない、え、娘の応為さんという方と同居していたらしいですけど、ま、同じような、え、片付けの苦手さがあったようですね。え、そうですね。あの、ま、全然こう身なりにも気をつけないと、え、物を片付けない。え、だけどその金銭面にも無頓着なんだけども絵を描くことだけには、ま、ものすごく、え、力を入れていたというか、ま、過剰集中をしていたということが知られております。え、そうですね。うんま、要するに、え、画作に明け暮れてそれ以外のことは目に入らない、え、絵を描くことだけに熱中をしていたということが言われております。  えっと以上になりますかね。あの、ちょっと最後多少雑駁になりましたけども、あの、ま、今回の講演では発達障害全般について症例を紹介しながら臨床的な特徴について、え、お話しいたしました。えっと、ASDとADHDは類似点が大きいことに加えて他の精神疾患の併存の多いことから診断に難しい面があることを指摘いたしました。ま、最後に発達障害の特性は創造性など、え、ポジティブな側面を持っていることをご説明させていただきました。え、以上になります。どうもありがとうございました。